わたしとWebとパソコンと
No.1 視覚障害者の暮らしにとって(前編)
[ 2007年9月1日 ]
インタビュアー
岩渕正樹さん
(いわぶち まさき)
吉田有紀子さん
(よしだ ゆきこ)
「ゆっこさん」こと吉田有紀子さんはパソコンの画面が見えません。画面以外も見えません。つまり、視覚障害者、全盲です。でも、毎日パソコンを使っています。パソコンが読み上げる画面からの情報を頼りにパソコンを操作しています。
そんなゆっこさんと初めて出会ったのは、坂戸パソコンボランティアが2000年8月に開催した「視覚障害者のためのパソコン体験講座」の会場でした。あれから7年。今ではメールにウェブとパソコンを起動しない日が無いくらいキーボードな日々を送っているゆっこさんですが、「ゆっこは一日にしてならず」。ゆっこさんとパソコンとの馴れ初めやパソコンとお友達になってからのアレコレを聞いてみたいと思います。
まさか私が…
岩渕:ゆっこさん、お久しぶりです。今回はゆっこさんから、視覚障害者にとってパソコンやウェブとはどういったものなのかをお聞かせいただけるとのこと。ありがとうございます。と、いきなり固い話から始まってしまいましたが (笑)、その前にまずゆっこさんについて。ゆっこさんは、障害をもつ前は、どのような生活をおくっていたのでしょうか。また、どのような趣味や夢、生きがいなどを持っていたのでしょうか?
ゆっこ:普通に学校に行って仕事をしてました。趣味はカラオケと読書、一人で2・3駅くらいの距離を歩くのも好きでした。夢とか生きがいは別に無かったです。
岩渕:今のゆっこさんを知っている私からすると「別に無かった」とは意外でしたが、そんなゆっこさんが「障害者」になった…。具体的にはどういった障害なのでしょうか?
ゆっこ:「糖尿病性網膜症」による視覚障害です。
岩渕:この病気は、見えなくなるがけっこうあるんでしょうか?
ゆっこ:「糖尿病性網膜症」は糖尿病の三大合併症で、見えなくなる人がけっこういるらしいんだけど、私の周りにはそういう人はいなかったし、まさか私がそうなるとは思ってなかったです。
パソコンとの出会い
岩渕:その障害は、ゆっこさんの生活にどういった影響を及ぼしましたか?
ゆっこ:カラオケがすごく好きだったので、歌詞を見て歌えない。歌詞を覚えられない。読書ができない。一人で好きな時に好きな所へ出かけられない。外を歩けない。趣味で発散していたので、それができないというのは大きかったです。見える頃にはバンド活動をしてたんですが、それもできなくなりました。今は障害をもった仲間たちとまたバンドを組んでいますが。
岩渕:ライブでも歌ってましたしね。ところで、見えなくなってから、ずっと家にいる生活だったと聞きましたが?
ゆっこ:家にいた生活は1年くらいですね。心の準備も無いまま見えなくなってしまったので、これからどういう仕事をしていけるのか、どうやって生きていこうか、不安でした。でも、坂戸パソコンボランティアのパソコン体験講座と出会って、そこでパソコンの相談に乗ってくれた人から国立身体障害者リハビリテーションセンターに生活訓練があるというのを聞いて、もっと便利で安全な生活の方法を教えてもらえるんじゃないかと思い、8ヵ月入所しました。その中でパソコンを仕事に生かしたいと思い、今度は1年間職業リハビリテーションセンターで職業訓練を受けました。
岩渕:その結果はいかがでしたか?
ゆっこ:就職の夢はかないませんでした。でも、パソコンを知ったのを切っ掛けに世界が広がりました。まずメールで情報のやりとりができ、ホームページを見れるようになって情報を得られるようになり、今度は自分のホームページを持つことができて情報の発信ができるようになりました。今は体調に無理のない程度に、在宅でサイトチェックや、モニターの仕事をさせてもらっています。
バンドに映画にサポートに
岩渕:前はスケジュールがガラガラだったかもしれないけど、今では1ヵ月の予定がビッシリですよね?
ゆっこ:スケジュール管理が大変です (笑)。でも、パソコンとかケータイを使って工夫しています。
岩渕:管理が大変なほどの忙しさということですが、具体的にはどんな忙しさなんですか?
ゆっこ:バンドの練習をしたり、バリアフリー映画を観に行ったり色々なイベントに参加したり、地域の視覚障害者のサークル活動をしたり、そのメーリングリストの管理をしたりと色々です。
岩渕:視覚障害者へのパソコンサポートもしていると聞きましたが?
ゆっこ:埼玉県障害者ITサポートセンターのパソコンボランティアに登録していますので、サポートを依頼した人の自宅に出向いて音声でパソコンを使えるようになるためのお手伝いをしています。
カラオケ復活!
岩渕:そういったことも含めて、パソコンやウェブを利用できるようになった成果といえますね。パソコンを使いたいと思った気持ちの中には、パソコンによる何らかの展開を期待して…があったのでしょうか?
ゆっこ:手紙を書くのがすごく好きだったんです。パソコンにはメールというのがあるというのは知っていたけど、しょせん見えないとできないと思っていたんですが、見えなくてもメールができるんじゃないかという可能性を知ったとき、たまたま親戚を通じてパソコン体験講座があるけど…と誘われ、ぜひメールをやりたいと思って参加しました。
岩渕:そして、今ではメールだけでなく色々なホームページを見ることができるようになったわけですが、普段どのようなウェブサイトを利用していますか?
ゆっこ:別に特定のサイトを見ているわけではなく、情報を調べたいときGoogle(検索エンジン)を利用することが多いですね。
岩渕:なるほど、そのあたりは同じですね。ゆっこさんは、パソコンが使えるようになったことで、また、ウェブを利用できるようになったことで、趣味や夢、生きがいや生活が変わりましたか? 今までできなかったことができるようになった! あるいは、以前していたことがまたできるようになった!ということはありましたか?
ゆっこ:ありますね。ウェブから自分がほしい本を検索してデイジー図書やカセットテープとして借りることができるし、点字データをダウンロードしてパソコンで読ませることもできるようになったから。カラオケも、歌詞をパソコンで調べて読ませることができるので、覚えていかなくてはならないけど、今ではまた行くようになりました。
岩渕:何曲くらい覚えて行くんですか?
ゆっこ:何曲ということはないけれど、その場でこれ歌いたいというのはできないから…。私の友達でカラオケボックスにノートパソコンを持って行った人はいましたが (笑)
岩渕:ゆっこさんがまたカラオケに行けるようになったとき最初に歌った歌、覚えてますか?
ゆっこ:覚えてないです。
岩渕:じゃ、ゆっこさんの得意な歌や持ち歌をひとつ。
ゆっこ:好きな歌は、今井美樹の「PIECE OF MY WISH」かな。
手紙も復活!
岩渕:ぜひ今度、聞かせてください。先ほどの話では、ゆっこさんはカラオケも好きで手紙を書くのもすごく好きだったということでしたが、メールで手紙は復活しましたか?
ゆっこ:ハイ。自分の思っていることを文字にして伝えられるので。相手からのお返事も誰かに読んでもらうのではなくて自分で読めますし。
岩渕:それは大きいですね。ゆっこさんの話ではないですが、「ラブレターだけは読んでもらうのはチョット」というのを聞いたことがあります。
ゆっこ:「見えないからプライバシーが無いのはしょうが無い」というのはどうなのかなぁと思います。
岩渕:ということは、パソコンが使えるようになる前は、手紙は中断してたんですか?
ゆっこ:もちろんそうです。
公的支援の情報は?
岩渕:ところで、公的な支援サービスは受けてましたか?
ゆっこ:市の広報はテープで来てましたが、それぐらいですかね。ずっと家にいたので、情報が入ってくる機会がないですよね。障害者に関する情報は無かったから。どこで何を聞いたらよいかもわからないし。
岩渕:社会福祉協議会も広報を出していて、それが市の広報に挟んで配布されているんですが、それは市の広報のテープには入ってなかったんでしょうか?
ゆっこ:何巻かテープがあったようなんですが、社協のテープがあったかどうか、よく覚えていません。何にしても、こっちから言わないと気付いてもらえないんですが、こっちとしては閉ざされた世界なので、何ができて、何をしたらいいか分からない…。
岩渕:情報の受け手にとっては、受け取りやすいことを配慮した情報提供って大事なんですよね。でも、そのあたりって、けっこう置き去りにされていて…。
インタビューはまだまだ続きます。ゆっこさんがパソコンやウェブとどう付き合っているか、使いにくさも含めてサイトへの要望、ケータイについてと、広がる話題にご期待ください。
写真提供:近藤尚之