第8回A.A.O.セミナー講師 特別コラム
No.3 ウェブとメールで視覚障害者の生活はきっともっと便利になる
第8回A.A.O.セミナーでパネルディスカッションにご参加いただきます、全国視覚障害者情報提供施設協会の南谷和範氏よりご寄稿をいただきました。
簡単ではない郵便物の内容確認
私は視力0の視覚障害者で一人暮らしをしております。そんな私の日常生活で一番困ることの一つは、日々届く郵便物の処理です。紙に書かれた文字を読むことができないので、届いた郵便物の内容を独力で確認することができません。だからといって届いたものをそのまま放置しておくわけにもいきません。ときには「いついつまでに確定申告をしてください」とか「いついつまでに電気代を支払ってください。期限までに払っていただけないなら送電を停止します。」というような、大切な連絡もあります。やはり自分に届いたものは、できるだけ迅速に内容を把握したいものです。
そこで私は次善の策として二つの対策をとっています。
対策その1:人に読んでもらう
これはみなさん、すぐ思いつく対策ではないでしょうか。私も知人・同僚なんかを捕まえていろいろとお願いすることがよくあります。確かに最もイージーな方法なのですが、実際にはそういいことばかりでもありません。みんな忙しい毎日を生きているわけで、人に時間を作ってもらうのは簡単ではありません。
また、あまり知られたくない個人情報なんていうのもありますよね。高給取りでも安月給でも、給与明細を読んでもらうというのは、頼む方も頼まれる方もお互いバツが悪いでしょう。おまけに、せっかく時間をとってもらって読んでもらった郵便物がどうでもいいダイレクトメールとかだったりすると、拍子抜けというか大変申し訳ない気分になります。
そんなわけで、私にとって人に読んでもらうというのは、あまり嬉しい選択肢ではありません。世の中、紙に書き込まないといけない書類がかなりあるので、そういったものはあきらめて頼みますが。
対策その2:OCRソフト
OCRソフトとはスキャナで読み取った印刷物の画像を解析し、そこに書かれている内容をテキスト文書にするソフトです。パソコンとスキャナ、それにこのソフトがあれば、郵便物の内容もある程度理解できます。ただし、現在のソフトの技術では、手書きの文書には利用できません。また活字の文書でもよく誤認をするので、全幅の信頼を置くことはできません。特に数字を誤認することが多いのがつらいところです。電話番号や金額は、少しでも数字が間違うと大変なトラブルにつながりますから。
ということで、この二つの対策はどちらもあくまで次善の策です。ほんとならもっとスマートな解決策を見つけたいところです。
ウェブやメールの活用を積極的に考えてほしい
そんな私が望んでいるのは、郵送に変えて、ウェブやメールを活用することです。最近、各種手続きのオンライン化の風潮は広く見られますが、これは視覚障害者にとって特にうれしい動向です。もちろん、ウェブなんかを用いる場合には、アクセシビリティに十分配慮する必要はありますけど。
一般には、ネットでの情報のやり取りは、セキュリティが問題になっています。私のような立場の場合でも、メールを盗み見られたり、個人情報が流出する「可能性」があることには変わりはないので、その点は気にならないわけでもありません。
とはいうものの、郵便物だと必ず人に見せなくてはならないという状況です(人に見られる「必然性」があるわけです)。だから、郵便物よりもメールの方が精神的な負担は少ないです。
そんなわけで、公共機関の各種手続きなんかは、もっとウェブやメールの活用を積極的に考えてほしいと日々感じています。
No.2 利用状況調査に答えたのはどんな人たちか?(後半)
第8回A.A.O.セミナーでご講演をいただきます、独立行政法人 国立特別支援教育総合研究所の渡辺哲也氏より寄稿頂いたコラム(後半)です。(コラム前半を読む)
就労状況
ICT調査回答者の就労状況を分類したところ,仕事に就いている人が最も多く6割,仕事に就いていない人が3割,学生が1割となりました。回答者の就労状況を年代ごとに見たのが図5です。10代では学生がほとんどを占めます。20代では学生の割合が半減し,その分,仕事に就いている人の割合が増えました。30代から50代では仕事に就いている人が大部分を占めます。60代と70・80代では,仕事に就いていない人の割合の方が高くなります。20代と30代において学生の割合が高いのは,筑波技術大学の学生が全回答の1割弱を占めるためで,ICT調査回答者の特徴の一つです。
図5 ICT調査回答者の年代別就労状況【 図5の説明 】
図6 平成13年厚労省調査回答者の年代別就労状況【 図6の説明 】
厚労省調査では,仕事に就いている人は全回答者の2割にとどまり,ICT調査の3分の1です。この理由も,厚労省調査では60歳以上の回答者が多かったためと考えられます。そこで,より詳細なデータが読める平成13年の厚労省調査結果から,年代ごとの就労率を求めてみました(図6)。20代から50代では就労者の割合の方が高いですが,ICT調査回答者の就労率よりは1割ずつ低い値です。65歳以上では,仕事に就いていない人の割合が9割に上ります。この年代の人が全回答者の6割以上を占めますので,全体の就労率も低くなったのです。
勤め先
ICT調査回答者の勤め先を人数の多い順に並べたのが図7です。回答者が多い順に,自営,大学及びその他学校,民間企業,病院及び治療院,福祉施設,公益法人及びその他の団体職員,官公庁となりました。
一方,厚労省調査回答者の就業状態を人数の多い順に並べたのが図8です。自営業者が最も多い点はICT調査と同じです。次に多いのは常用雇用労働者です。ICT調査では大学及びその他学校から官公庁までが常用雇用に当たると考えられますが,それらの合計人数と比べると,厚労省の常用雇用労働者の人数は低い値となっています。
図7 ICT調査回答者の勤め先【 図7の説明 】
図8 厚労省調査回答者の就業状態【 図8の説明 】
職種
ICT調査回答者の職種を人数の多い順に並べたのが図9です。理療(あんま,マッサージ,はり,きゅう)が最も多く,教員,技術職,事務職が続きます。その他の職種の内容も興味深いと思われますので具体的な職種名を示すと,点字の図書製作・校正・指導,視覚障害相談業務,会社等経営,パソコンの指導,テープ起こし,介護支援専門員,落語家,演奏家,アーティスト,盲ろう者団体役員,盲ろう者団体福祉職,図書館司書,電話交換手,医師,研究職,サウンドスケープデザイナー,外国業務のサポート,出版とリサイクル業,不動産運営,接客,専門職となります。
厚労省調査でも,あんま,マッサージ,はり,きゅうの仕事に就いている人が最も多くなりました。次に多かったのは専門的,技術的職業です。
ICT調査では,仕事に就いている人の数が厚労省調査の3倍に上るため,職種が変化に富んでいます。理療に次いで,教育機関に勤める人が多かったのも特徴です。
図9 ICT調査回答者の職種【 図9の説明 】
図10 厚労省調査回答者の職種【 図10の説明 】
パソコンの利用率
ICT調査におけるパソコン利用率は9割を超える高い値となりました。これは,メールによる回答が8割を占めているので当然と言えます。一方,厚労省調査の結果では,パソコンを利用するのは12.4%にとどまりました。この数値の低さも,高齢の回答者の数が多かったためです。
まとめ
厚労省の実態調査回答者と比べると,ICT調査の回答者には以下のような特徴が見られました。
- 労働年齢の人が多い。
- 障害等級1級の人が多い。
- 就労率が高い。
- パソコン利用率が高い。
このうち,就労率の高さは労働年齢の人が多いため,パソコン利用率の高さはメール回答者が多いためと考えられます。
平成18年の厚労省調査への回答者数が379人であるのに対して,ICT調査への回答者数は413人と多く,更に労働年齢に集中している傾向がありました。このため,視覚障害者の勤め先と職種については,ICT調査の方が詳細なデータを提供していると言えるでしょう。
参考資料
- 平成18年身体障害児・者実態調査
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/shintai/06/index.html - 障害者福祉研究会(編): 我が国の身体障害児・者の現状‐平成13年身体障害児・者実態調査結果報告, 中央法規出版, 東京, 2003.
- 視覚障害者のパソコン・インターネット・携帯電話利用状況調査2007
http://www.nise.go.jp/kenshuka/josa/kankobutsu/pub_d/d-267.html
No.2 利用状況調査に答えたのはどんな人たちか?(前半)
第8回A.A.O.セミナーでご講演をいただきます、独立行政法人 国立特別支援教育総合研究所の渡辺哲也氏よりご寄稿をいただきました。
渡辺氏は、視覚障害者への支援を目的とした音声や触覚についての研究をしています。
音声読み上げソフトの開発や、視覚障害者に漢字の読み方をどうやってわかりやすく伝えるかという研究など、視覚障害者のICT利用の根幹を支える活動をされています。
はじめに
昨年5月から6月にかけて、視覚障害者のパソコンやインターネット、携帯電話の利用状況を調査するためアンケートを実施しました。本稿では、アンケートに回答いただいた視覚障害者の年齢や職業などについてご紹介します。
パソコン・インターネット・携帯電話利用状況調査に答えて下さった413人の視覚障害の方々はどんな人たちだったのでしょうか。年齢は何歳くらいで,障害の程度はどれくらいで,どんな職業に就いているのでしょうか。最近公表された厚生労働省による実態調査などと比べながら紹介していきます。
年齢分布
パソコン・インターネット・携帯電話利用状況調査(以後,「ICT調査」とします)の回答者の年齢は,40代と50代を中心として,18歳~64歳の労働年齢にかたまっています。これに対して,平成18年身体障害児・者実態調査(以後,「厚労省調査」とします)における視覚障害者の年齢は,年代が高いほど人数が多くなっていき,70歳以上が半数を占めます(以上,図1)。このような調査回答者の年齢分布の違いが,点字使用率や就労率の違いに大きく影響していきます。
図1 調査回答者の年齢分布(ICT調査は412人,厚労省調査は314.9千人(推定値))【図1の説明】
障害の程度
身体障害者福祉法では,視覚障害の程度を,視力と視野によって1級から6級までに分類しています。6級が障害の程度が最も軽く,1級が最も重いとされます。この等級により,税や公共料金等の減免,受給できる公的年金,受けられる福祉サービスなどが変わります。
図2の棒グラフに示すように,ICT調査では,障害等級1級の人が圧倒的に多く7割を占めました。次に多かったのは2級の人たちです。厚労省調査でも1級,2級の順で人数が多い点は同じですが,1級の割合はICT調査の半分程度です。その分,3級から4級の人の割合が高くなっています。
図2 調査回答者の障害等級の分布(ICT調査は412人,厚労省調査は314.9千人(推定値))【図2の説明】
使用文字
ICT調査では,視覚を使って文字の読み書きができるかどうかを尋ねました。すると,視覚を使って文字の読み書きができないと答えた人の割合は1級では9割に上りました。この割合は,障害の程度が軽くなるほど下がり,視覚を使って文字の読み書きができる人が増えていきました(図3)。一方,厚労省調査では,点字を使えるかどうかを調べました。すると,点字ができる人の割合は1級で25.2%, 2級で13.0%となり,3級から6級では点字ができる人はほとんどいませんでした(図4)。
目で文字の読み書きができなければ点字を習うものと自動的に考えてしまいます。ところが,両調査のグラフを比べると,点字ができる人は,視覚を使って文字を読み書きできない人よりぐっと少ないことが分かります。これは,厚労省調査における回答者の7割が60歳以上であり,この人たちの点字使用率が60歳未満の人たちより低いためです(平成13年の厚労省調査から調べました)。
一般の文字と点字の両方とも使わない人は音声情報に頼っていると考えられます。実際,厚労省調査では,視覚障害者の情報入手の手法として,約半数以上の方がテレビ,家族・友人,ラジオを挙げています。今や点字図書館でも,点字図書よりも録音図書の方が貸し出しタイトル数が多くなっています。
図3 障害等級別に見た視覚的な文字の読み書きの可否の割合(「できない」人の割合)【図3の説明】
図4 障害等級別に見た点字利用,及び必要性の状況【図4の説明】
No.1 間違いだらけの音声読み上げ対応
まずは筆者について簡単に
このコラムを書いている私自身、強度の弱視です。2度の角膜移植とその後の治療を経て、今の視力は右0.02、左0.01です。角膜移植前や治療中の様子については、コラム「弱視にまつわるエトセトラ」をご一読いただければと思います。
以前は画面拡大ソフトを使ってパソコンやウェブを利用していましたが、現在は音声読み上げソフトを使っています。音声でウェブサイトを閲覧して情報収集したり、エクセルで資料を作ったりしています。このコラムも音声で文章や漢字などを確認しながら書いています。このスタイルになって半年ほどですが、漢字の変換を間違えたり、突然音声が止まってあわてたりなど、日々修行中です。
音声で自治体や公共機関のウェブサイトを見ていると、「アクセシビリティ」や「音声読み上げ対応」などの言葉をよく耳にします。この仕事を始めた2000年ごろと比べると雲泥の差があると思います。多くの自治体や公共機関でアクセシビリティポリシーが作成されたり、音声に配慮したページ作りが行われるなど取り組みが進んでいます。
しかし大変残念なことに、これらの取り組みの中には、音声読み上げソフトやそのユーザーである視覚障害者に対する誤解に基づいているものや、取り組みが不十分なままになってしまっているものが見受けられます。
いくつか例をあげてご紹介します。
「音声読み上げ対応」は「画像を使わないこと」ではない
これはアクセシビリティという言葉が登場した当時から言われていることなのですが、「音声読み上げソフトに対応する」ことと「画像をなるべく使わないで、テキスト中心のウェブサイトにする」ことはまったく別のことです。
画像を使ってデザインしたウェブサイトでも、きちんと音声読み上げに対応していれば音声ユーザーにとって使いやすいものになります。
例えば、音声読み上げソフトのユーザーにとって地図画像はとても有益な情報です。一人で外出する際、地図画像を印刷して持っておけば道に迷っても人に聴くことができます。私も外出するときは必ず地図を印刷して持ち歩いています。
また、画像をふんだんに使ってデザインしたウェブサイトと、画像を使っていないテキスト中心のウェブサイトを両方作っているケースも見られますが、これは作成後の更新が大変になります。情報の同期が取れなくなってしまい、テキスト中心のウェブサイトに古い情報が掲載されたままになってしまう恐れもあります。
画像を使うこと自体は、音声読み上げへの対応上問題になることはありません。適切な代替情報を提供していれば、むしろプラスに働くことのほうが多いといえます。
目的地までたどり着ける地図情報を
上で地図画像についてお話しましたが、もう少し触れておきたいことがあります。
ある会議へ出席するため一人で会場へ向かっていたときのことです。以前にも行ったことのある場所だったのですが記憶があいまいになっていたのか道に迷ってしまい、通りすがりの人に地図を見せて道を尋ねました。しかしその人は周辺の地理に詳しくない方でした。地図を見ながら目的地までの行きかたを探していただいたのですが、結局たどり着けず、途中で見つけた交番で改めて道を聞いてなんとか会議に間に合うように会場へ着くことができました。警察官の方に地図を見せたところ「この地図じゃわかんないね」とおっしゃっていました。
現在多くのウェブサイトで掲載されている地図情報は情報が不十分です。目的地周辺の地図画像と「~駅から徒歩5分」のような情報だけでは、音声ユーザーが目的地へたどり着くことは難しいでしょう。
また、Googleマップなどの地図検索サービスを利用しているケースも増えてきました。こういった便利なサービスを利用してウェブサイトの利便性を向上させようとすることはすばらしいことですが、そのサービスを利用できない人々がいることも忘れてはいけません。実際、音声ユーザーはGoogleマップを利用することはできません。そのため、目的地周辺の地図画像に加えて、最寄り駅からの道順や目印となりそうな建物、電話番号、住所などの情報をテキストで提供することが大切です。
視覚障害者はウェブサイト独自の音声読み上げ機能を使わない
多くの自治体サイトで導入が進んでいる「音声読み上げ機能」。マウスでクリックした箇所を音声で読み上げるものや、ページの内容をすべて読み上げるものなどさまざまです。しかし、音声ユーザーはこの機能をほとんど使いません。その理由は以下の2つです。
- すでに音声読み上げソフトを持っている
音声ユーザーはすでに音声読み上げソフトを持っており、読み上げの速度や声色などを自分好みに変更して、自治体や公共機関のウェブサイトを閲覧しています。そのため、特定のウェブサイトを閲覧するためだけに、使い慣れた音声読み上げソフトを一度停止して、そのサイト独自の読み上げ機能を利用することはありません。 - 音声ユーザーの多くはマウスを使用できない
音声読み上げ機能の中には、マウスでクリックした箇所の文章を読み上げるものがありますが、音声ユーザーの多くは視覚に何らかの障害を持っているため、マウスを操作してパソコンを使うことはできません。すべての操作をキーボードで行っています。そのため、このような音声読み上げ機能を視覚障害者が利用することはできません。
音声読み上げソフトに対応する、あるいは音声読み上げソフトの利用者に配慮するということは、ウェブサイト独自の読み上げ機能を導入することではなく、ウェブサイトそのもの、それぞれのウェブページ、1つ1つのコンテンツをアクセシブルにすることなのです。
音声で使いやすいウェブサイトは誰にとっても使いやすい
音声に対応したウェブサイトは、音声を利用しないユーザーにとっても大変使いやすいものになります。
例えば先ほどの地図の例では、目的地周辺の地図画像に加えて、最寄り駅からのおおまかな道順や目印となりそうな建物、電話番号や住所などの情報があれば、視覚障害者だけでなく、初めてその地を訪れる人にもとても有益な情報となるでしょう。
このように、現在の音声読み上げ対応には、利用者に対する誤解に基づいて行われているものや取り組みが不十分なものがあります。筆者自身このコラムを書いていて、「まだまだわれわれのメッセージを伝えきれていないな。もっとがんばらなきゃ」と反省しているところです。第8回A.A.O.セミナーでは、まず視覚障害者や音声読み上げソフトについての正しい知識をご紹介したうえで、音声読み上げソフトに対応するとは具体的にどういうことなのか、また音声に対応することでどういう利点があるのかについて、ご理解いただけるようなお話をしたいと思います。